アメリカの大都市はみなよく似ている。規模の大小はあるとして、みなロサンジェルス型。碁盤の目のように張り巡らされた道路と、中央にそびえたつ高いビル群。レストランは全国チェーンばかり。住むのには機能的で便利なのだが、観光で訪れるにはちょっと面白みがない。
ほとんどが人工的に作られた都市なので、仕方がないところ。その中で少数の例外はニューヨークとボストンとサンフランシスコと、そしてニューオリンズ。初期にヨーロッパ移民が到達したそれらの都市は、それぞれ違った特色と歴史とを持っているかららしい。
ニューヨークとボストンとサンフランシスコは幸いにも訪れることができた。さて、今度はニューオリンズである。
まだ、ハリケーンカトリーナの被害にあう前のニューオリンズ旅行記。
ニューオリンズには夕方に到着。
ここで、一休みといきたいところだが、自由に夕食のできる日はそうそうないから、早速繁華街である「Burbon Street」へ。綴りも読みもお酒のバーボンと同じだが、ここはフランスブルボン王朝の名前が由来とのこと。娼館の建ち並ぶ悪所だったらしいが、現在はライブハウスとレストランが建ち並んでいる繁華街。
土曜日の夜ということもあり、Burbon Streetはもの凄い人だらけである。まるで縁日のよう。歩行者天国になっている道を、人がたくさん行き交っている。ジャズではなくロックの激しい音が、通りの喧噪にも負けずに鳴り響く。
バルコニーには下着姿のおねえさんが現れ、金や紫のプラスチックのネックレスを投げ、それを人々が競って拾おうとしている。後でわかったことだが、これはマルディ・グラの時の風習。週末はこの通りいつもプチ祭状態なんだそうだ。
毎晩縁日とは、いやあ、すごいね」と人混みに圧倒されつつ、歩く。
それなりにお腹もすいたので、手近にあるレストランの一つに入ることに。Desire(欲望)という名のレストランである。
ニューオリンズはテネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」の舞台だから、このレストランもそれにちなんで名付けられているんだろう。
店内は常連(?)みたいな人が多くて観光客が見あたらない。というか、東洋人がいない。まあ、家族連れが食事をしているので大丈夫でしょ。
早速、ニューオリンズ名物の生牡蠣とガンボスープとシュリンプクレオールとを頼む。なつかしい、ケイジュンの味再びである。アメリカ料理と名付けられるものがあるのかどうか知らないが、まあ、西海岸なんかで出される食事はおうおうにして量だけが多く大味だ。
だが、ケイジュン料理はフランス料理の影響をうけていて、奥深い。
言葉で伝えようのない不可思議な癖の強い味がする。特にシュリンプクレオールは、私の大好物。ケイジュン風にスパイシーなトマトソースの中に海老が入っていて、それを細長い米のライスにかけて食すという簡単だけど味わい深い料理だ。
このレストラン、正直言って、生牡蠣のほうはちょっと大味。その前にニュージーランドで新鮮で新鮮な牡蛎を味わっているだけに、比較してしまう。やはり海が暖かいからかな…。
しかし、シュリンプクレオールとガンボはさすがの本場の味。特にガンボスープ(オクラのスープ)は特濃。それに海老やら牡蛎やら帆立やらシーフードの具がてんこ盛り。複雑にからまりあって、非常に美味しい。
美味しいビールのお薦めを尋ねた時のウェイトレスさんの対応もとても親切だったので、チップも気持ちよく払える。
ビールを飲みつつ、ニューオリンズの無事到着を祝う。今回予定がつまっていて、暢気な夕食は今日くらいのものだから…。
まずは、ミシシッピ川を拝みにホテルの部屋から見える港のほうへ。各種の川下り船がでてたり、リバーフロントモールがある。
ホテルの部屋から豪華客船が見えていて、ちょっと見てみたいし。
モールの入り口でとりあえずは川下りの船のクルーズのチケットを買う。バドルホイール(水車)つきの船は、エクスカーションで乗ることが決まっているので、お値段リーズナブルな羽根なしのに。ちっ。
暢気にカフェで食事をしていると、川下りの船の出航時間直前に。すぐそばから出航するかと思いきや、船はもうちょっと先。慌てて走って船に乗り込むが…なにかおかしい。切符をチェックする場所がないのだ。
それに、フェリーのように車を置くスペースが沢山ある。……あれ?
結論から言うと、これは対岸に渡る無料フェリー。私たちは完全に間違えて乗っていたのだ。慌てて飛び降り、さらに向こうに停泊している船に走る。こんな場所で走るのはかなり恥ずかしいが、出航におくれたらチケットはおじゃんだ。
汗みずくになりながら、必死で走る。
で、ギリギリセーフでなんとか乗り込むことができた。とりあえず、キャビンの冷たい冷房が心地よい。冷房に慣れてしまうと外に出られないのが難点か…。
時間がなかったので、船の外観を撮影することもなかったし。
ミシシッピの流れの水は濁っている。緑とも茶色ともつかぬような。季節の関係があるのか。両岸をカーゴ(貨物船)が行き交う。面白いのは、カーゴの動力船は最後尾についていること。前方から牽引するのではなく、後ろから押すような形になっているのだ。
五大湖からメキシコ湾を結ぶこのラインは、アメリカの大動脈の一つ。その割りには、川幅はそれほど広くないけれど。川の途中には、メキシコ湾へのショートカットとなる運河もあったり。
両岸は沼地。ドックには、各国の船籍を持つ船たちが入っている。
あ、もちろん、軍事用の艦もありました。
なんだか、キャビンで涼むのが目的のような、ショートクルージングだったけれど、まあ、暑いので、今日は仕方がないところ。
まあ、これは正式なエクスカーションでのクルーズの前の様子見だから…、ということで。
船を下りたところで、今度は水族館Audubon Aquarium of the Americaへ。
夕方からのミキサーではこの水族館であるので、これまた下調べも兼ねて。アメリカ水族館というでっかい名称は伊達ではない。水のトンネルをくぐると、巨大な水族館の中は北米南米の各地から集められた各種の珍しい水棲動物が一杯だ。
ブースは、カリブ珊瑚礁、メキシコ湾、アマゾン熱帯雨林、ミシシッピ川など生息する南北のアメリカの地方にわかれている。特にカエルやクラゲが他種類揃えられているし、ミシシッピの側にあるだけにワニもたくさんいる。
アマゾン熱帯雨林ブースでは、水槽ばかりかちゃんと植生まで熱帯雨林風になっている。さすがアメリカ水族館、かなり大がかりな設備である。
ちゃんと一区画専門に用意されたタツノオトシゴコーナーでは、まるっきり海藻にしか見えないタツノオトシゴにはびっくり。こういう環境を模倣して隠れる生き物はたくさんいるけれど、芸術的なほどのニセモノぶり。
それにしても、たまたまこのように模倣したものだけが生き残った進化の結果とはいえ、いつ見ても不思議だよなあ。
クラゲのコーナーはそれぞれ幻想的で美しい。夢のようなクラゲがたくさん。こいつに刺されるのはイヤだけど、ガラスケースに入っているのはいつまでも眺めていたい気分である。
さて、この日から昼間は単独行動
日が高くなると、暑すぎて歩くのが大変なので、午前中が勝負ということで、朝からフレンチクォーターをカメラを持ってそぞろ歩き。
フレンチクォーターの中なら警官も多く安全なので、昼間なら女性の一人歩きでも大丈夫。
フレンチクォーターの特色はアイアンレース(鉄のレース飾り)と呼ばれる華美なデコレーションで飾られたバルコニーをもつ優雅なヴィクトリア調スタイルの建物。
バルコニーには花々が飾られ、重々しい鉄の扉の向こう側には、緑したたるパティオ(内庭)が拡がる。建物だけを見ながら歩いていても楽しいが、その中味も楽しい。
センスのいい画廊、ニューオリンズの街中を撮したアートな写真館、きらびやかなアンティークショップ、オリジナルデザインのアクセサリーを置いた宝飾店。街全体がアーティスティックだ。まだ時間的には、どこのお店も開いていないが…ショーウィンドウを覗くだけでも楽しい。
明るい日差しが、私自身には眩しいが、写真を撮るのには非常に適している。だから、ジャクソン広場へ。ここは第七代大統領アンドリュー・ジャクソンの馬に乗った銅像がおかれているフレンチクォーターの中心。
第7代大統領アンドリュー・ジャクソンの銅像は馬にまたがっていて、大変格好良い。
貧民出身で、文字が書けず、「OK」という言葉は彼がAll rightの綴りがわからなかったためのミスから、できたという逸話のある人物。
アメリカ人好みの立身出世物語。剛胆な大統領だが…。
彼は黒人奴隷の弾圧し、また先住民強制移住法を制定したということで悪名も高い。
どうして、そういう人物の銅像が建っているのか、外国人にはちょっと理解に苦しむところだ。
ジャクソン広場のお向かいには、博物館二つとセントルイス大聖堂が並んでいる。ここの通りは、フレンチクォーター観光の中心。大道でブードゥーのフォーチュンテラー(占い師)たちが店を出している。
入口の派手派手しい道化師に招かれて、まずはマルディ・グラ博物館へ入ってみることにする。
マルディ・グラ博物館はもとは昔の裁判所だったのを州立の美術館に仕立てたもの。近頃マルディ・グラ専門の博物館になったらしい。(ガイドブックにも載っていなかった。)
マルディ・グラとは、フランス語で「肉食の火曜日」の意味らしい。謝肉祭の最終日だそうで、断食修行の後のどんちゃん騒ぎのクライマックスといったところ。現在は断食修行なんざやらないけれど、マルディ・グラだけはきっちりと伝統を守られている。いまもルイジアナ州の街々で執り行われているのだそう。
そのなかでも、このニューオリンズのマルディ・グラは、リオのカーニヴァルとも並ぶ世界三大カーニヴァルの一つ。一年の暮らしは、この祭のためにだけ存在するといっても過言ではないのだそうだ。
世界中の観光客がニューオリンズのマルディ・グラにやってくるので、日本から見に行くのはかなり大変。ホテルの予約は半年前から必要だし、ホテル代は倍以上に跳ね上がるのだそうだ。
博物館の中はたった一つのお祭りのためとは思えないほどの充実ぶり。華やかな仮面に羽根のお姉さん達や異形の仮面やら、華やかな山車。ヨーロッパ由来のきらびらやかさと、ラテンの情熱、アフリカ系の躍動感。美学と悪趣味。まるで、ニューオリンズ名物のガンボのようにいろんなものがごった煮状態。
山車の上から、きらきらとした金と紫と緑のマルディ・グラカラーのネックレス(ビーズ)やコインを道端の人が掲げる紙コップの中へと投げ入れられる。(日本でいえば、棟上げの時の餅捲きみたいなもんだろうか。)
私が気に入ったのは、初期のマルディグラで使用されたらしい華やかなアンティークの衣装。誰でも王様や女王様になれるのが新大陸のマルディ・グラである。
これの現代版もあって、今も華やかな舞踏会が開かれている。その模様のフィルムもあったんだけど。あまりにもキラキラしくて…。ちょっと品がよくない。
ジャクソン広場を取り囲む通りを散策。観光用スーベニアのお店もたくさんあるが、中にはとても趣味のいいお店もあって、なかなか見応えがある。
ふと目をとめたのが人形専門店のショーウィンドウにあったピエロ人形。
スペイン風のピエロはマルディ・グラの象徴みたいなものだから、山ほどピエロ人形はあるけれど。上品なピンク色の衣装をまとったこのピエロ人形はひと味違う。少し古拙な味わいの顔もきれいだし。
人形の入った紙袋を手に、さらに街を歩けば、なんだかブードゥー教なお店もちらほら。呪いに使うとおぼしきわら人形やら、ダンスをする骸骨やら、メメントモリな品揃え。さすがにひとりで店内に入る度胸はないので、ガラスのショーケースごしの写真をパチリ。
そうルイジアナはオカルトの本場。現在でも、ニューオリンズ市民の約15%がブードゥーの儀式を生活に取り入れているんだそうだ。ブードゥー専門の博物館もあるらしいが、そこもコワイのでパス。
ガイドつきの吸血鬼ツアーもあるらしく、夜中のニューオリンズの血腥い歴史建造物を歩くそうな。
私は念願のバトルホィールでのリバークルーズ
割と早めに船に並んだので、日陰のデッキにある椅子に座れてナイス。船が出るまでは蒸し暑い灼熱地獄だったけれど、出航すれば風が気持ちよい。
チケットとの交換で、飲み物を用意してくれるバーは長い長い行列にならぶ配偶者。さすが、アルコールとなると真剣。私は折角確保した席を守る役。
デッキで風に吹かれながら飲むビールで、すっかり良い気分。ミシシッピリバーの眺めも、最初に乗ったときよりもかなりいい。やっぱクルーズはよいです。河畔の風景は沼地のプランテーションとか発電所とかだけど…。
ビールは美味しいけれど、昼間っから酔っぱらってしまうのはちとまずいので、2杯目はダイエットコークに。船が帰路につくときには冷房の効いたキャビンへ。こちらはまたディキシーランドジャズの演奏があっている。
ああ、何処に行ってもジャズ、ジャズ。さすがはニューオリンズというべきか。一番前の席に陣取ったので、この船での演奏が一番ゆっくり聞けたかもしれない。
マルディ・グラの仮面専門店はかなり多いし、スーベニアを売っているところでも仮面は必需品。だが、そのお店はちょっと違う。おじさんがひとりで手作りしているらしくて、すべて一点物。
品の良さとおどろおどろしさが混合したデザインセンスは非常に私好み。ビスクのひび割れも加減といい、どれをとっても美しい仮面が店内に並べられている。
だが、哀しいことにサイトの出来がいまいちで、その魅力を半分も表現できていない。
http://www.neworleansmask.com/
ということで、購入したものを私が写真を撮ってみたのだが、少しはましだと思うのだが…どうだろう。
ベネチアンスタイルの昔の錬金術師(医師?)がかぶっていた鳥の仮面も、素敵だったなあ…。
今日のお目当てはガイドブックに出ていた「幽霊屋敷」である。コワイものみたさってヤツです。ブードゥー博物館は見るからにおどろおどろしいのでパスしたんだけど、こちらの幽霊屋敷はなんてことなさそうなので…。
この屋敷の話は「ルイジアナの怖い話」にも載っていて、黒人奴隷を虐待したアメリカ版「血まみれの伯爵夫人」のようなことらしい。
社交界の花形の美しい夫人宅から火事がでて、助けにはいっていみると、餓死寸前の縛られた7人の黒人奴隷がいたとか。そのために夫人は追放。
でも、それから夜になるとムチの音やうめき声や叫び声が聞こえるようになったり。バルコニーを歩く鎖につながれた男が目撃されたり…
それから持ち主が代わり改装されたのだが、なんと改装時に床下から無数の生き埋めの遺体がでてきたとか…。
まあ、そういった因縁のある場所だそうなので、遠くからちらっとでも見てこようかなと気まぐれを起こして、行ってきました。んで、直接見た感じではなーんてことないただの家。塗り替えられたばかりなのか、ちょっと新しい目かな。だからそれほど「幽霊屋敷」には見えない。ギャラリーの看板はでているのに営業していないから寂しげなのは寂しげだけど…。
でもね、ここで撮った写真を改めて見ると…。ちゃんとカラーで撮ったにもかかわらず、何故かモノクロのおどろな雰囲気に見えてしまうんだよね。色鮮やかで、華やかなフレンチクォーターにありながら、この沈んだ重苦しい雰囲気はなに?という感じで。
後でphotoshopで拡大して、心霊写真でも写っていないかと調べたけれど、さすが霊感0のワタクシめが撮した写真、幽霊にはそっぽむかれている。
ギャリエハウスは有名な建築家ジェームズ・ギャリエが自らデザインした私邸を復元したもの。19世紀のビクトリア調のルイジアナの邸宅を偲ぶものとして、博物館になっている。廷内は1時間に一度のガイドツアーに連れられて回る。
私が入った時は、後5分でツアーが始まる時間だったのでタイミングが非常によかった。日本語のツアーもあるけれど?と言われたが、残念ながらそれを待つ時間はない。
そして、廷内は残念ながら写真撮影不可。きれいなパティオだけが撮影できる。
まずはギャリエは好んだ緑色に塗られた玄関から。ここのアイアンレースはギャリエ自身がデザインしたとか。なるほど優美な造型である。居間は華麗なヴィクトリアスタイル、家具はオリジナルなものではないらしいが、ちゃんとその当時のアンティークを使用している。
二階にあるギャリエ自身の書斎はニューオリンズの気候を考慮して、高い天窓が開いている。可愛らしい子供部屋もある。
特徴的なのが病人室。黄熱病などの伝染病に苦しめられたニューオリンズの開拓時代を反映して、壁紙すらない病人用の部屋があるのだ。(壁紙がないのは後で丸洗いするためとか。)いかに病気が多かったか、そして、その感染を押さえることに必死になっていたかが伺える。
また、この時代であるのに、水洗トイレやセントラルヒーティングのシステムまであるのだから驚きである。2階に水をくみ上げ、石油ストーブで加熱して、蛇口からお湯が出るのだ。当時の最先端の技術。
華やかな主人たちの部屋と比較すれば質素で貧しいけれど、当時の水準からいえば、かなりちゃんとしている使用人用の部屋もある。まあ、日本だって使用人部屋はこんなものかな…。
台所とダイニングルームもあり、高価すぎる食器はすべて女主人が洗い、奴隷たちは触れることもさせなかったとか。(それでは、なんのための使用人なのか、よくわからない気もする。)また、当時、コーヒーは非常に高価であったために鍵のついた箱にいれていたとか。
それでも、ムチと厳しい労働にあけくれることになるプランテーションに比較すれば、人間的な扱いをされていた様子。
ariahisaedaさんメッセージ送信 » |