先進のミラノコレクション。
自動車、航空産業の都、
世界史ならばミラノ大公スフォルツァ。
ファッション誌を飾るミラノの情報で、
勝手に思い描いていたのはパリと並ぶ美しい近代都市でした。
でも、ミラノは思っていた場所と、ちょっと違っていました。
確かに歴史ある景観もあるし、
モンテナポレオーネのようなブランド品が並ぶ通りもあるし。
ちょっとシックな建物は有名ブランドの工房だったりするけれど。
なんとなくヨーロッパの都市としては雑然としている。
「パリの洗練」や、「ロンドンの整然」などと比較すると、
やっぱり「地方都市」という感は否めない…。
(ミラノは「首都」ではないし。)
けれど、ローマ時代からの石畳が続き、
中世からのものものしい城壁が街を囲み、
それなのに古いものと新しいものが同居していて、
「面白い」都市でした。
地下鉄網は発達しているけれど、歩こうと思えば、
街の端から端まで歩くことも不可能じゃない。
中世そのままに、大聖堂を中心にとした同心円を描く都市なので、
とにかく沢山迷いました。
時は2006年7月。ワールドカップの真っ最中。開催国ドイツ経由でイタリア行きはなかなか勇者だと思うなぁ、と他人事のように思ってました。フランクフルト空港は当然警備が超厳重。ボディチェックの厳しいこと、厳しいこと。ま、仕方ないですよね。
折しも、その日ドイツ-イタリア戦。イタリア行きの飛行機はゲートの端っこ。空港内を30分歩く羽目に。これはきっと、イジワルをされて端のほうに追いやられたに違いありません。そう思うくらい、イタリア行きの飛行機には、イタリア国旗を掲げたサポーターらしき人がいっぱいいるのです。なんでも、自国の活躍は自国で観たい、とか。そんなもんかと思いながら、ミラノに到着。
空港からミラノまでは列車で、ミラノ北駅へ。大きな荷物を抱えながら、やれやれ、ここまで来たのだから後はタクシーに乗ってホテルまで、と思ったものの。タクシーが一台も見あたりません。
タクシー乗り場の前で待っているのは、やはり大きな荷物を抱えた旅行者だけ(アメリカ人っぽい風情)。彼はどうやら随分長い時間を待っているらしくいらいらとしています。
来ないよ、タクシー。多分。
そうです。今日はワールドカップの準決勝。イタリアとドイツとが雌雄を決する日。タクシーの運転手さんたちは「んな、仕事なんかやってられっかブレイゴー!今日はテレビ観戦で、死ぬまで飲むぜチンクエ!」なのです。地下鉄が動いているだけマシなのかもしれません。
仕方ないので、荷物をかかえたまま地下鉄でホテルへ。方向音痴な我々は地図と首っ引きでなんとかホテルにたどり着きました。
疲れもピークに達しつつ、フロントまで辿り着くと、誰もいません。
なんと彼らは、テレビでワールドカップの応援の真っ最中。
それでも、最後に残ったプロ意識(?)で渋々ながらフロントマンがやってきて、チェックイン手続きをしてくれました。荷物を持って案内してくれるベルボーイも気もそぞろ。チップなんかどうでもいい風情。
……なんか、もしかして、私たちはすごいところに来た?と配偶者と顔を見合わせます。
やがて、ゲームが終わり、道路に面したホテルの部屋では、路上を鳴らすクラクションの音が轟きました。
どうもイタリアがドイツに勝ったみたい。私は、この後、疲れがでて、泥のように眠ったのですが、配偶者は夜中まで続くどんちゃん騒ぎに眠れぬ夜を過ごしたそうです。
ミラノといえば、この美しい大聖堂。観光客はまずここに行きます。例外に漏れず我々も大聖堂を目指しました。街の中心に立つ大聖堂なのでミラノを歩く時はここが目印。(でも、最初に行った時はのっけから二人で迷いました。)
イタリア最大のゴシック建築とか。あいにく前面が改築中なので、つや消しですが。
レース編みのような細かい彫刻がされた小尖塔が特徴。なんと500年の歳月をかけて完成されたとか。ヨーロッパ人のねばり強さには敵わない、と思わせます。私の印象としてはレース編みというよりは、幾万の骨を組み合わせて積み上げたもののように見えます。そういった不吉な印象を持つほどに、美しいこの大聖堂はきっとたくさんの人柱を要求したに違いありません。
また内部のステンドグラスの美しさでも、群を抜いています。
デュオーモ前の広場は、観光客およびその客引きと鳩で一杯でした。そして、この広場に集まって、ワールドカップの応援するんだそうです。
美しい大聖堂の横にあるのが、通称ガッレリア(正式にはヴィットリオ・エマヌエーレII世のガッレリア)。
鉄とガラスを使った世界で一番ゴーシャスな商店街。中央にはフレスコ画まで飾られていて、優雅そのものですが…。
中にはアメリカ資本のマクドナルドもあったりします。(もちろん、高級ブランド店も入っていますが、わりとパッとしません。)この世界一豪華なマクドナルドにはちょっと興味もあったのですが、美食の街ミラノでマクドナルドのハンバーガー食べる余裕はありませんでした。(写真撮っておけばよかったな。)なお、価格もメニューも通常のマクドナルドといっしょだそうな…。
私たちは本屋でお買い物。
出し物は歌劇「Dido and Aeneas」(Henry Purcell )を観賞しました。劇場内は撮影禁止。
カルタゴの女王ディドとトロイの王子エアネスの悲恋物語。歌は英語でしたが、内容はほとんど掴めませんでした。(こういうのは下調べしておかないとね。)
おまけにかなり現代的で斬新な演出で、バレエが随所に使われてます。(バレエといってもかなり肉体派な踊り)。配偶者はバレエダンサーの汗が散るのが見えたとか…。筋肉の動きの美しさだけで魅せる演出でした。
とはいえ、コーラスの美しさ、演奏の響きのよさが素晴らしかったことは言うまでもありません。
オペラがはねた後、ミラノの街は土砂降りでした。おまけに雷まで鳴っていて。劇中でも稲妻が走るシーンがあったので、不思議なシンクロニティ。デュオーモの夜景が撮れたのはラッキーでした。
美術の国、イタリア。ミラノにも山のように美術館があり、私にとっては宝の山。
まずは地図の上で分かり易かったガッレリアの近くのボルディ・ペッツォーリ美術館(Museo Poldi-Pezzoli)へ。(ここへは迷うことなく辿り着きました。)ミラノの貴族、ジャン・ジャコモ・ボルティ・ベッツォーリの個人収集品を私邸に展示した落ち着いた美術館です。施設としてはきちっとしているので、シーズンには観光客がたくさん来るのかもしれませんが、館内はとても静かで、誰もおらず、まるでこの私邸の主人になった気分で、収蔵品の数々を見ることができました。
ポッライウォーロ作「若い貴婦人の肖像」が目玉です。中世イタリアの貴婦人の複雑に結って宝石を散らした髪型。端正な横顔。素敵です。
「地図上でいけば昨日行ったボルディ・ペッツォーリ美術館からさほど遠くはない。コンパスも地図も持った。楽勝よね」って思ったのもつかのま。ミラノではほとんどコンパスが役に立たないことを思い知らされました。
ミラノはデュオーモを中心に放射線状に道が延びているので、ほんの一筋道を間違えるだけで方向がぐるんぐるん変わるのです。街並みはとにかく似たような建物が多いし…。また、持ってきたガイドブックの地図には細かい路地の名前が出てないので、わけがわからなくなるし。
もひとつおまけに、怖ろしいことにブレラ絵画館という看板が外に出てないのです。(パリだって、ロンドンだって、いやオックスフォードだって、街には方向を指し示す支持板があったし、建物の前には看板くらいありました。)ミラノにそういう親切を求めてはいけません。
さらに、ブレラ絵画館は美術学校の上にあるので、ブレラ絵画館そのものの入口がわからず建物の中ですら迷う羽目に…。とほほ
こうやって苦労に苦労を重ねて辿り着いたブレラ絵画館ですが、その苦労に見合うだけのことはありました。内部の写真は撮れなかったので残念でしたが、ラッファエッロの名作を初めとして数々のイタリア名画の名品揃い。
修復の過程を見ることのできる場所などもあって、面白かったです。
私たちがイタリアに行ったのは2006年7月。すでに「ダ・ヴィンチ・コード」の映画が公開された後。この映画や原作小説の鍵となるミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」(Cenacolo Vinciano)は、ものすごい話題になってました。従って、個人の旅行者はもちろんのこと、ツアーですら観覧予約をするのが難しいという状況。その中で地元のコネクションのおかげで、この名画を拝見することができました。
ダ・ヴィンチはフィレンツェの人かと思っていたのですが、ここミラノでもかなりの業績を残した様子。もちろん、その一つが、サンタ・マリア・デッレ・グラッツェ教会(Santa Maria delle Grazie)の「最後の晩餐」です。そのダ・ヴィンチの偉業を偲んで、レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館までありますが、その話はまた別に。
「最後の晩餐」は頑固なレオナルドじいさんがフレスコ画材を使うのを嫌がったので、とてもデリケートな絵画です。それは食堂の壁に描かれていたので、食べ物の湿気や湯気が絵を浸食されました。また罰当たりなことにキリストの下のところに通路があけられた跡が残っていたりします。それだけでなく、馬小屋に使われたり、大洪水に見舞われたり。第二次世界大戦時には空襲を受けて、建物そのものが損壊したりと数奇な運命に晒されてきました。その中で、奇跡的に残っていたのだから、存在自体が奇跡の「絵画」といってもいいでしょう。
1977年から1999年まで、オリベッティ社のサポートで大がかりな修復が行われ、美しい詳細がわかるようになり、ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。
現在、このデリケートな絵を外気から守るために厳重に管理され、見学は完全予約制で一グループ最大25人までで、時間は15分に制限されています。素敵に美人なガイドさんが、英語でいろいろと説明をしてくれます。
もちろん、写真撮影はNG.(下記URLの下のほうにある写真が一番雰囲気がわかります。)
http://www.pcs.ne.jp/~yu/ticket/supper/supper.html
一点透視図法を使って描かれた「最後の晩餐」は、直に見るとその立体感が顕著です。まさに死せる運命にあるキリストとともに、同じ晩餐に出席しているような気持ちにさせてくれます。また、弟子たちのそれぞれの生き生きとした手の動きには驚かされます。キリストの気高い表情(かお)。ヨハネの美しさ。そして、背後の窓からのぞくロンバルジアの荒野(レオナルドはミラノ郊外の風景をわざわざ入れたとか)
背筋がぞくそくするような、ずっと、眺めていたい、そういう気持ちになりますが、自由に眺められる時間は無情にも5分くらいしかありません。
なお、「最後の晩餐」の対面には、ジョバンニ・ドナト・モントルファーノのフレスコ画「十字架上のキリスト」があります。確かに「最後の晩餐」と比較すれば平凡な画ですが、常にこの奇跡の名画と比較される可哀想な宿命を背負っています。天才と常に比較されることになる凡庸。その運命を画家は知っていたでしょうか…。
売店には、「ダ・ヴィンチ・デコーディッド」(ダ・ヴィンチ・コードの批判本)だけが置いてあったのが印象的でした。
アンブロジアーナも残念ながら内部の撮影は不可。でも、暑い中を苦労して辿りついただけのことはありました。ここにはカラヴァジォ(ミケランジェロ・メリージ)の素晴らしい静物画があります。
この絵も凄い。写実でありながら、単なるリアルとはまったく違う。何かが底に透けて見える。枯れかけた果物の葉の一枚一枚。悲しみが託されているかのような…深みのある色合い。この繊細な静物画が、暴力沙汰や殺人事件を起こした挙げ句横死した無頼の画家の手になるものとは…。天才は往々にして才能を無駄遣いするものではあるけれど。
その他にもダ・ヴィンチの「楽師の肖像」やら、ラファエッロの「アテネの学堂」のデッサンなども。見るべきものばかり。暗い室内に置かれたラフェエッロのモノクロームのデッサンは、心にしみ入る静かな感じ。
名品ばかりが一杯。イタリア、羨まし。でも、これだけの名画がありながらアンブロジアーナの中も人があまりいなくて、とても静か…。
観光客はデュオーモの前で記念写真を撮ったら帰っちゃうのかしらん。
ミラノのルネッサンス期最大の宮殿で、かつての領主、ヴィスコンティ家の城跡にフランチェスコ・スフォルツァにより1450年に城塞都市として建てられたもの。18世紀にナポレオンがミラノを攻略するまではフランス軍、スペイン軍の激しい攻勢に耐えたということで、堅牢ないかめしさがある軍事的な中世の建物です。
中世の要塞は現在の美術館に生まれ変わっていて、レオナルド・ダヴィンチデザインの「アッセの間」などいろいろと面白いものがあります。
「アッセの間」は天井一面を植物の枝で覆ってます。フレスコなので、非常に劣化が激しいので、写真ではあまりに綺麗に見えないのですが、本物はかなりの迫力です。色が生きていた当時は、さぞ素晴らしいものであったでしょう。
そして、このスフォルツァ城にはとんでもない名作があります。ミケランジェロの最後にして未完の作品「ロンダーニのピエタ」。
ピエタ(Pieta)、死せるキリストを抱く悲しみの母マリア。古来から、絵画や彫刻のモチーフとして多用され、ミケランジェロ自身も4体ピエタを作っています。
バチカンやフィレンツェにある絢爛たるピエタと比較すると、未完に終わったこの作品は、静かで深い幽愁をたたえています。すでに光を失った状態で、ミケランジェロはどんなピエタを彫りだそうとしていたのか。キリストの足の、いまにも動き出しそうな完成度の高さ。未完に終わったが故に、石が生命を持とうとするときのメタモルフォシス(変容)の中途を示しているかのようで…。
しばし、言葉なくぼーっと見つめていました。
ヴェネチアから帰ってきた日の夕食。大学の側の小さなオステリア(居酒屋)でイタリア最後の晩餐を摂りました。気になって気になってしかたがなかったレストランなのですが、期待通りばっちりでした。私のカンに間違いはない(えっへん)
とにかく海産物がみな美味しくて、白ワインにぴったり。写真ではわかりにくいですが、屋外のテーブル。何故かうずまきの蚊取り線香が下においてあって、ちょっと懐かしい。
ここもイタリア語のメニューしかなかったけれど、サーブしてくれた人は英語がきちんと喋れたし、とても親切でした。アペタイザー(前菜)、プリモ(パスタやスープ)、セコンド(主菜)一皿づつとって二人でシェアしたい、ってこともすぐにわかってくれました。デザートはとなりの人が食べていたスイカを指して「アレ!」
異国でリーズナブルに美味しいものを食べたかったら、現地の言語のメニューの基本用語をおさえておくと便利です。(食べたいものがどんな名前か、だけでもOK)。そして地元の人で賑わっているようなお店を探す。
あとは度胸と何がでてきても楽しむ寛容(笑)があればなんとかなります。
ariahisaedaさんメッセージ送信 » |